本論文では,位置指向の情報統合の意義と技法について述べる.さらに現在実験中の,位置指向の情報統合に基づく情報検索システム「モーバイルインフォサーチ」について説明する.
モーバイルインフォサーチはモーバイル環境での利用を想定したWWWアプリケーションで,PHSの基地局情報から得られるユーザの現在地を使って,ユーザの現在地付近のタウン情報,地図などといった情報をWWWから提供する.
WWWの情報が氾濫していると言われる. これらの情報を何らかの形で組織化することは,エンドユーザには効率の良い情報検索を提供し,情報提供者側には,効果的な情報発信をもたらす効果がある.
リチャード・ワーマン[ワーマン]によると情報を組織化する方法は5つしかない.
WWW情報を《カテゴリー》によって組織化を提供するサイトには,yahoo!などのサイトがある.これらはディレクトリサービスと呼ばれることもある.新着情報などと呼ばれるリンク集は,《時間》による組織化を行なっている.例えばNTTホームページの日本の新着情報がある.gooなどのサーチエンジンは,情報を文字列で組織化するので《アルファベット》による方法に含まれる.またインターネットタウンページのBest Hits!などのランキングは《連続量》に着目したサービスである.
本稿の主題である《位置》によるWWW情報の組織化はどうだろうか. 先にあげたディレクトリサービスの中にも,地域で分類した項目は見受けられるし,あるいはレストラン情報などを重点的に集めたサイトには,地図からの検索などのサービスが提供されている.しかしながらこの分野のサービスの提供は,例えばサーチエンジンの充実ぶりなどと比べてまだまだ十分とは言えない.サーチエンジンのおかげで,「ある単語」を含んだテキストを世界中から探し出すことは容易になったが,「ある位置」に関する情報を網羅することはいまだ容易ではない. しかし位置から情報を捜し出すことができれば,道案内に始まって,買いものやグルメなどに関する日常生活や旅行ガイドなど数多くの応用が期待できる. なおここでいう「情報の位置情報」とは,ある情報の関連する地上での位置のことである.情報に対して関連が定義された位置情報は「情報の位置属性」と呼ぶことにする.これは緯度経度などで表すことができる.情報が住所などの明確な位置情報を含むこともあるが,陽に示されなくても,最寄り駅名や他の固有名詞などから位置情報が存在がわかることがある(東京タワーに関する情報の位置情報は自明である).
本論文では,この《位置》情報によるWWW情報の組織化について考察を行なう. 2章では位置指向の情報統合の目的について,情報の受け手と,送り手の立場から述べる. 続いて3章では位置指向の情報統合に必要な技術として,ネットワークから集められた情報に位置情報を付与する方法や,各種WWWサーバから位置情報による統一的な検索インタフェイスを提供する方法(これを我々は位置情報エージェントと呼んでいる)について述べる. 4章では3章で述べた技術に基づいた実験,モーバイルインフォサーチについて説明する.このシステムは外出しているユーザの現在地としてPHSの基地局情報を使いインターネットから情報を探す. 6章で本論文を結ぶ.
「電話」を利用したNTTの天気予報サービスに「177」がある.このサービスでは最初に市外局番を付加してダイヤルすることにより,該当する市外局番の地域の天気予報を知る事ができる.もしここで,市外局番を省略すると東京から電話をかければ「東京の天気予報」,仙台ならば「仙台の天気予報」というように,電話をかけている地域の天気予報を知る事ができる. この場合177の利用者は天気予報を知りたいとしても「自分がどこの地域の天気予報を知りたいのか」を指定していない.自分の居所であり,かつ必要としている地域の天気予報を聞く事ができる.言い換えれば,必要な情報を意識的に選択したり,また偶然を期待することも無く,電話をかけている位置によって情報を自動的に選択する機能が働いていると言える.
バスの停留所を案内するアナウンスは,次の停留所の名前を示し,必要に応じて降車の為のブザーを押す事を促すのが目的である.そして同時に,該当停留所周辺の商店や企業などの広告がアナウンスされることがある.ここでは,情報検索者がおかれている環境(バスの車内に居て移動している)の中で,その位置から次の停留所とその周辺の広告という2つの情報を統合し,本来バスの利用者が必要としている「停留所」という情報に広告情報を付随してアナウンスすることにより広告の効果を高めている.このように同一の位置にある情報を統合すると,それまで埋もれていた情報を整理することができるばかりではなく,同時に情報検索者にとっては新しい情報取得機会を作り出す事ができる.
テレビの視聴時に,特定のチャネルを見続けるのではなく,複数のチャネルを切り替えながら見て回る人が居るが,これは「ザッピング」と呼ばれている.「ザッピング」は,「ネットサーフィン」と似ているが,選択の幅はたかだかチャネル数しかなく,選択に必要な手間としてのコストも低い.そして何よりその時間帯,サービスエリアに特徴的な情報が提供されるため,「ザッピング」によって有用な情報が見つかる可能性は,ネットサーフィンのそれより遥かに大きいと考えられる.
さて多様化するメディアの中でも,ラジオやCATV,ミニコミ紙の様な比較的利用者の人数も限定されたマスメディアの場合には,サービスエリアとなる地域コミュニティにより密着させた内容の番組編成や紙面構成が見られる.これは,視聴者の嗜好特性の認識が,テレビに比べてより正確に行えるため,話題によっては突っ込んだ内容を取り上げることが可能になるからであろう.
ここで,WWWから得られる情報に位置情報がどの程度含まれているか調べてみる.以下は下に示す作業を行なって集めたHTMLファイルからさらにランダムに100ファイルを取り出し,人手で各項目の存在を調べたものである(一部は文献[高橋]より引用).
その結果,一般のHTMLファイルの14%,レストラン情報関連のファイルでは27%に住所が存在することがわかった.この14%,27%のファイルには何らかの形で位置属性を付与することができる.(表1)
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この結果を受けて,位置情報を付与する方法が筆者らの情報統合ディレクトリ(IID:Information Integrate Directory)[高橋]である.これは情報収集エージェントが集めた雑多な情報とBase Directoryと呼んでいる目録集をIntegrate Agentが照合し,その結果雑多な情報に構造を与え,欠落した属性値を付与するアーキテクチャである.
ここでBase Directoryに電話帳情報を用いると,仮に集めた情報が住所情報を含んでいなくても,名前や電話番号などの,固有情報を特定することができる属性を使って,その情報とどのBase Directoryのレコードが対応するかを調べ,その結果集めた情報に位置属性を付与することができる.
情報統合ディレクトリの実験結果によると,レストラン関連のHTMLファイルの少なくとも23.3%,一般のHTMLファイル(新着情報)の同9.2%に位置情報を付与することができる,すなわち統合が可能であると報告している. 情報統合ディレクトリの概要を図2に示す. |
図2 情報統合ディレクトリの概要
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収集したHTMLファイル
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WWWサーバの中には予めそのコンテンツに位置属性を付与し,位置情報による検索を可能としているものがある.しかしそれらの位置情報の表現方法や,アクセス方法がそれぞれに異なる.これらに統一的なインタフェイスを提供することによって,位置情報による組織化が可能になる.このインタフェイスを実現するには次の機能が求められる.
以上の機能を持つソフトウェアモジュールを我々は位置情報エージェントと呼んでいる. このエージェントをエンドユーザと情報源の中間に配する(例えばWWWのCGIやプロクシーとして実装する)ことによって,情報サーバの統合が可能になる.
現在NTT中央パーソナル通信網(株)が「位置情報提供サービスの実用化試験」を行なっている. これは1台のPHS公衆基地局がカバーする サービスエリアが小さいという特徴を活かし,特定の対象PHS端末から送出される所在位置情報を, NTTパーソナルが設置する位置情報センタを経由して提供するサービスである. このサービスを利用することによって,PHSを持ったユーザのおおよその位置を自動的に取得することができる.この方法はGPS方式と比べると,衛星の電波の届きにくいビルの谷間や,建物の内部,駅,地下街などにおいても,PHSの基地局が存在する限り位置が取得できるので,この手のタウン情報などを検索するアプリケーションに適している.
モーバイルインフォサーチ(MIS)の特徴を示す.
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特徴にも述べたように,本実験は情報の異種性を解消する位置情報エージェントおよび時間や場所,個人に応じた情報フィルタリングの2つを中心に機能の開発を継続的に行ない,機能の有効性の確認を行なうことを目的としている.特に後者は,いわゆるプッシュ型情報配信を視野に入れて開発を行なう予定である. さらに上記技術に基づき,モーバイル環境にふさわしい位置情報による情報統合環境を探ることを目標としている.
ここでモーバイルインフォサーチのデモを紹介する.
タウンページで現在地付近のラーメン屋を探す | マピオンで現在地付近の地図を見る | gooで現在地付近のイタリア料理店を探す |
最後に本研究は次の2つの側面を持つことを指摘しておきたい.
一つは,インターネットの世界と実世界の融合というテーマである.筆者らはインターネットタウンページの研究[島1][島2]を通じ,実世界の情報のインターネットでの展開を試みてきた.特に96年12月に開始したインターネットタウンページでは,サービス開始当初より全情報に緯度経度情報を付与し,緯度経度による検索を可能としてきた.このようにコンテンツの充実をはかる一方,筆者らのMobile Yellow Page構想[篠原],長尾らのWWW地理情報サーバー[長尾]のなどで提案されていた,インターネットと実世界を融合するアイデアがあった.今回のモーバイルインフォサーチはこの一つの実現である.
もう一つは2章でも述べたが,「位置指向」の意味をもう一度確認しておきたい.今回の位置指向はおもに情報を位置指向に統合することを述べたが,情報の受け手の位置指向の統合もありうる.これは物理的に近い場所に生活している人の集合で,コミュニティーと呼ぶ.効率の良い情報の流通を実現するには,位置指向に統合された情報と,コミュニティーの存在を意識し合うことが重要である.
[ワーマン] | Wurman, Richiard S. INFORMATION ANXIETY. BANTAM BOOKS. pp.59 (1989) |
[高橋] | 高橋克巳,三浦信幸,西部喜康,島健一.「不均一で分散した情報の構造化と統合 −情報統合ディレクトリ−」.ソフトウェアエージェントとその応用シンポジウム講演論文集,電子情報通信学会情報・システムソサイアテイ大会併催(1997) |
[篠原] | 篠原章夫,高橋克巳,森原一郎,服部文夫.「PHS&携帯情報端末を利用した通信サービス」,夏のプログラミングシンポジウム講演論文集,情報処理学会(1995) |
[島1] | 島健一,高橋克巳,三浦信幸.「インターネット版マルチメディア電話帳の構築」(http://www.pearnet.org/jtd/paper/jtd-overview.html),オンラインプロシーディングス Japan World Wide Web Conference '95 (1995) |
[島2] | 島, 高橋, 三浦.「インターネット・タウンページの構築 (1) 〜概要〜」, 第54回情処全大,pp.3-481,(1997) |
[長尾] | 長尾確,歴本純一,伊藤純一郎,早川早紀,安村通晃.「ウォークナビ:ロケーションアウェアなインタラクティブ情報案内システム」,田中二郎(編)『インタラクティブシステムとソフトウェアIII』,pp.39-48,近代科学社(1995) |
[yahoo] | yahoo! Japan. http://www.yahoo.co.jp |
[WHATSNEW] | NTTホームページの日本の新着情報 http://www.ntt.co.jp/WHATSNEW/index-j.html |
[goo] | goo http://www.goo.ne.jp/ |
[Best Hits!] | インターネットタウンページのBest Hits! http://townpage.isp.ntt.co.jp/ntt/besthits/ |
[レストラン1] | Yahoo! JAPANの飲食店集 http://www.yahoo.co.jp/Regional/Japanese_Regions/Kanto/ Tokyo/Entertainment/Restaurants/Directories/ |
[レストラン2] | Yahoo! JAPANの飲食店集 http://www.yahoo.co.jp/Business_and_Economy/ Companies/Restaurants/Directories/ |
[PHS] | 位置情報提供サービスの実用化試験http://www.nttphs.co.jp/chuo/news/09_05/newsl22.htm |
[タウンページ] | インターネットタウンページ http://townpage.isp.ntt.co.jp/ |